「ねえアーチャー、何か面白い話をしてくれない?」


 マスターである少女の突拍子もない言動には慣れていたので少し沈黙し、肯いてみせた。
 時刻は既に深夜を過ぎ、空には冴え冴えとした輝きを描く月。つい先程までその下を共に駆け抜けた主は、身体は睡眠を欲しているが精神が昂ぶり寝付けない状態にあるようだった。表面的な我儘さに忘れがちになるが、彼女はとても忍耐強い。その意志の強さに敬意を表さずにいられないほどに。
 射し込んでくる月の光の中寝台にその身を横たえた主の傍らにて佇む。それを許すかのように彼女は瞼を閉じた。彼女の向ける解り難い信頼の形なのだろう、これは。
「しかし私は君が満足するような話なぞ持ってはいないぞ?」
「それでもいいわ。ただアンタの話を聞きたいの」
「ふむ」
 この身はサーヴァント。なれば、主の命には従うまで。
 請われるままに話し始める夜伽話。




 そうして赤い騎士は語り始める―――決して叶うことのない理想を追い求める誰かの話を。




 語り終えて落ちた静寂と余韻が夜気に溶け消える頃、沈黙を破る声。消え入りそうに小さく、しかし強い意志を秘めた声音。
「……よ…それ。あーもう……とに頭に……くる」
「凛?」
「……わたしはね、アーチャー」
 夢見心地のまま呟いているのか。焦点を結ばないまま、それはこちらへの言葉と言うよりもどこか独白めいた響きを持って紡がれる。


「頑張った人がその分だけ報われないだなんて、そんなのは嫌。認めたくないの」


 強く。断ずる口調で言う。世迷い言だと囁く声をねじ伏せんとする遠い誰かの声を思い出させる彼女の声。
 目線は遠く、この身を通り抜けた虚空を見つめ半ば以上意識を眠りに委ねながらそれでも、いや、だからこそ吐露された言葉。鋼と化したはずの此の心にそれは爪を立て、雑音を立てる。いつまでも消えない剣戟の残響のように。
「だから、いつか―――…」
「…凛、まさか君は」
 刹那によぎったのは―――あまりにも都合のいい夢だった。知っているのかと、思わず口をついて出ようとした問いを渾身の力をこめて噛み砕く。
 ―――今更どんな言葉を求めるというのか。
 瞑目し、深く吐息をついて再び瞼を開いた時には彼女が安らかな寝息をたてて眠りに落ちたことに心底から安堵し、同時に。
 その続きを、どうしてか聞きたいと切に思った。―――思って、しまった
 遠い日、憧れ続けたその存在が変わらずに今此処にある。
 その変わらない彼女を見て、不意に零れ落ちるものがあった。悔恨なのか、それとも誰かに対する懺悔なのかは解らなかった。ただ、告げる。もしかしたらただ単に彼女に聞いて欲しかったのかもしれなかった。他でもない、彼女に。


「―――オレは。お前に、言わなければならないことがある」


 きっと傷つける。
 ―――『そのとき』が来たならば、何の躊躇もなく彼女を裏切るだろう。許してくれなんて言えないし、言わない。摩耗しきった果てに抱いた願いを捨てることが出来ない故に。朽ち果てたこの身が剣の丘で抱いたのは己の過ちを正すこと。理想にすら裏切られ尚、その理想故に地獄を見つめることになった日々の清算。
 幾つの絶望と死をこの両眼で見つめてきただろう。己が引き起こした惨劇。―――より多くを掬い上げるための。
 少しでも多くの命を救うために、さらに多くの命を見捨て、奪った。その矛盾。
 終わらない連鎖と、その渦中にいつも存在しなければならないという在り方を呪い、ただ殺すしかない自分を憎んだ。


 他には何もなく、ただ朽ち果てるだけを待つ剣のみが眠る丘はそのまま―――
 いつかの自分が抱いた願いとは似ても似つかぬ一つのユメの結末だった。


 他の道は己の手で叩き潰し、そうして進んできた。決して後戻りなど出来ぬ道を。結果、この両手は真っ赤な誰かの血に濡れ続け、
 罪は重く、贖うことすら出来ず。
 オレは俺を赦すことが出来なかった。
 
 

 もし、全てを知ったならお前はなんて言うんだろうな、遠坂。
 安らかに眠る彼女の表情に声に出さずに問いかけてみる。いつか、言わなければならない時が来るとしても、それは今ではない。それに、こんな風にこちらを信頼しきってくれてる彼女の前で泣き言など漏らせるワケもない。
 だから、
 胸を穿つ痛みを圧し殺し喉元まで迫り上がってきた言葉を呑み込み、ただ。



「―――おやすみ。遠坂」



 ひどく穏やかな夜
 例えそれがこの歪んだ瞳が見せるまやかしだろうとしても構わない。
 闇に隠れ牙を研ぐ者が確実にこの夜に潜んでいることは知悉している。始まりの鐘はとうに鳴り響き、最早安息の意味を見失った夜。



 けれど想わずにはいられないのだ。
 欺瞞だと罵られ、偽善だと蔑まれようとも、
 それでもどうかこの夜が、彼女に優しいものであるようにと。



 ―――そんな、祈りの言葉を零した。




 終








凛とアーチャーは、士郎と凛のもう一つの絆のカタチだと思ってます。
あり得たかもしれない絆の可能性。
この二人はだからこそ切なくて愛しいんだと。

皮肉を言い合いながらも信頼しあい、共に背を預けて闘えるであろう二人が大好きです。

この話を、勝手ながらRIKUさんに捧げさせてもらいます。



戻る


アクセス解析 SEO/SEO対策