精神は摩耗していくと言ったのは誰だったか―――




などと遠い目をして衛宮士郎は力の限り現実から背を向けていた。
逸らした視線の先には雲一つないほど晴れた青空。いやもー憎らしいほどに晴れている。
「・・・晴天が憎い・・・」
ぽつり、と士郎が呟いた。遠い眼差しはそのままに。
畜生太陽なんか嫌いだ。俺の苦労も知らずにのんきに晴れやがって。そのせいでっ、そのせいでなぁっ・・・!!

「しーろーうっ、なに仏頂面してんのよ?」

遠い国に行きかけていた士郎の意識を引き戻すように、その声は降ってきた。
視線をやるまでもない。恋人である遠坂凛の涼やかな声。だからこそ士郎は彼女の方へ視線を向けることを自制した。
そう、見てはならない。決・し・て!見てはならないのだ。見たら・・・戻れなくなる。そんな悲しいほど確かな予感が士郎にはあった。
「別に」
明後日の方向を向いたまま士郎は答える。見たら負けだ。誰が決めたってわけでもないけど負けなのだ。鋼の心でもって彼は自らを律する。遠く太陽の光に透けて彼自身の理想の具現、鋼の背中が見える。
・・・見てやがれ。俺は絶対に負けないからな!
ぐっ、と拳を握りしめ彼は宣言する。
そう、自分にだけは負けることは許されないのだ。
「ふぅん?」
微妙に納得してないような響きの声音。縁側に座りこみ凛に背を向けたまま振り向こうとしない士郎を見下ろし、彼女はその口許に笑みを浮かべた。
「じゃぁなーんで衛宮くんはわたしの方を見ようとしないのかなぁ?」
「ぐっ」
ピンポイントで急所をつかれ、士郎は思わず呻き声を上げた。ああ神様。俺はアナタ様の気に障ることでもしたんでしょうか?
「ねぇ?士郎ってば」
「ううう」
さらに追い打ちをかけるように凛の声が士郎の背中に突き刺さる。鉄壁であるはずの防壁がぐらぐらと崩れかけているような気がする。防壁・・・その名を理性という。
ぐらぐらと頭の中が茹だっていくのは果たしてこの気温のせいか、それとも。
崖っぷちにいる自分を士郎は幻視した。このままだと大変危ない。なにがって主に彼の理性が。
それも全ては遠坂凛の服装に理由があった。
初夏ともいっていいような気候が続いているせいで、彼女は最近薄着なのだ。
ハーフパンツか短パン、そして上はタンクトップ。長い艶やかな黒髪は一つにまとめて上げられており、所謂ポニーテイルという髪型が最近の凛の定番の格好になっている。
そこから導かれる結論は。

―――――見えてしまうのだ。チラリと。

しかも凛がこういったことに無防備なものだから倍率ドンっ!さらに倍!!てな感じで。
太股やら腹チラやら項やら―――健全な男子高校生である士郎にとっては目の毒なんてものではない。最早これは拷問とすら呼べるのではないだろーか。
それがもうかれこれ一週間程続いているのだ。士郎の理性が決壊するのも秒読みだと思われた。
というか現在進行で崖っぷちだ。士郎はぐっと拳を握りしめ、ようやく行動を起こすことを決意した。
もう我慢も限界なのだ、ここでガツンと一発言っておかなければどんな事態を引き起こしてしまうか想像に難くない。
そんなわけで。
「とっ、遠坂!」
自分を鼓舞するために大声を出し、士郎は振り向かないまま言う。
「い、いくら俺しかこの家に居ないからと言ってだな!
 その格好はいくらなんでも、その、アレじゃないのかっ。も、もうちょっとこう、慎みとかそういうものをだなっ・・・!持つべきじゃないかとっ、俺は思うわけだ!うん!」
息継ぎナシで捲し立て、士郎はほぅっと息を吐いた。
言った。ここ数日ずっとため込んでいたことを言った!!これで遠坂もきっとわかってくれるに違いない―――

「へーぇ?」

―――と言う士郎の思いは、背後から回された腕によって完膚無きまでに叩き壊された。
「つまり。衛宮くんはそういう目でわたしのことを見てたってこと?」
これ以上ない程悪戯な笑み、まさしくあかいあくまと呼ばれるに相応しい笑みを凛は浮かべる。
「―――――っ!!?」
瞬間湯沸かし機も真っ青な勢いで士郎の頭に血が上る。まさかこんなクロスカウンターを返されるとは予想だにしてなかった彼の頭の中は、真っ白だった。
「ねえ、そういうこと?士郎」
「ち、ちちちち違うっ!!」
繰り返された問いにようやく思考と身体の硬直が解けた士郎が振り向くと、真っ直ぐに覗き込む瞳と視線がかち合った。
「あ――う」
再び言葉を失う士郎を見て、凛はゆっくりと首を傾げ、

「じゃあ士郎はこの格好、嫌?」

そんなことを、口にした。
ぐらぐらと視界が揺れるのはきっと、脳が沸騰寸前だからだと士郎は思う。
「い、嫌じゃ・・・ない」
真っ赤な顔をして熱に浮かされたようにして士郎はそれだけを口にした。
「た、ただ、俺の理性が持つかどうかわからないって―――だけで」
「―――なっ」
それを聞いて同じように凛の頬も真っ赤に染まる。
「・・・えっと」
思わず零れた士郎の本音が意外だったのか、困ったように凛は視線を彷徨わせる。どうやら予想してなかった地雷を踏んでしまったようだ。

『・・・・・・・・・・・・・』

あまりに近い距離。吐息が触れそうなほど近く、無言で見つめ合う。
甘さを孕んだ沈黙に士郎の理性と心臓に限界が近づいた、その時。


「―――その。わたしは別に構わなかったんだけ・・・ど・・・」


かろうじて聞き取れるほどの声が、士郎の耳に届いた。







結局。
衛宮士郎の理性と闘う日々はまだまだ続きそうである。













戻る






某所にて素敵なネタを投下してくれた方、快く続きというかそのネタを書かせてくれた方、ありがとうございました!!









これより下、続きになります。ちなみにそういった描写もぬるいですが含まれますので苦手な方は退避してください。

















先に動いたのはどちらだったのか。
気がつけば唇を重ね合っていた。触れるだけの啄むような口づけを何度も互いに繰り返す。
「ん、あ」
士郎は腕を凛の背中に回し、抱き寄せる。体重のほとんどを士郎に預けるような形になった凛を支えるように、強く。
「とおさ――か」
掠れた声で名を呼ばれ、凛はぞくりと震える。何度聞いても慣れない士郎の声。それだけで彼女の意識は蕩けそうになる。
そうして、長い口づけを終えて二人は再び向かい合った。
抱き合った身体から伝わってくる鼓動が、互いにどんなに緊張しているかを告げる。
実のところこうやって触れ合うのは未だに数える程。でも、きっと何度繰り返しても慣れるなんてことはないだろうと士郎は思う。
見つめ合った凛の表情には微かな恥じらいと戸惑いが見て取れた。
「士郎・・・此処じゃ」
「あ、そう、だな」
既に頭の中は目の前の彼女のことしか考えられなくなっている。かろうじて残っている理性で凛の言葉に肯いた。



離れの、最早凛専用となった部屋に入り逸る心で鍵をかける。
昂ぶった心がそうさせるのか、たったそれだけのことにもどかしいくらいに時間がかかった。
だからそれが終わった瞬間にもう抑えは効かなくなっていた。
二人抱き合ったまま倒れ込むようにベッドに身を投げる。絡まった視線の熱さに意識が飛びそうになり目を閉じて唇を重ねた。
触れ合うだけだった先程のものとは異なる、深い接触。
唇を割って滑り込んだ士郎の舌に絡みついてくる凛のそれ。貪るように吸い上げると小さく凛の声が漏れた。
「は―――ぁ」
喘ぐように空気を求め、再び重ねることを飽きることなくどれだけ続けたのか。互いの体温が溶け、熱は不快なモノではなく心地よいモノへと変わっていった。水のない世界で二人、溺れている。
「遠坂、俺もう限界だ」
「――ん。いい、よ」
ぼうっ、と潤んだ瞳で見つめられ士郎は強く凛の身体を抱き寄せた。先程までの行為と密着で既に彼の性器は固く張りつめている。白く覗く項に噛みつくように吸い付いて痕をつけると凛は潤んだ声を漏らす。
脳髄まで擽られたような快感に今度こそ、意識が白く飛んだ。

細い首から肩までのなだらかな曲線を舌先でなぞる。士郎の熱い吐息と、そのざらりとした感触に凛の背が跳ねる。その隙に背に腕を差し入れ、タンクトップの裾をめくり上げる。脱がすまでもない、それにもう士郎はこれ以上我慢などできなかった。
「遠坂・・・っ」
「は、ぁ―――士郎っ」
薄い布の上から士郎が凛の胸の頂を軽くつまむと切なげな吐息が零れた。くしゃり、と士郎の髪に凛の指先が潜り込み―――押しつけられるようにして士郎は今度は唇でもう一方の頂に吸い付いた。
「んあっ・・・!」
一際強く、凛の身体が震えた。その身体を愛おしむように優しく組み敷いて士郎は愛撫を続ける。不器用だが丁寧で、時に乱暴だが優しい愛撫は、確実に凛の心だけでなく身体を昂ぶらせていく。
「はっ・・・ん、あ――遠、坂」
「―――ぁ」
士郎が凛の身体から少しだけ離れ、その瞳を覗き込む。もう互いに心と体の準備は出来た。だから―――これは確認。今すぐにでも凛の身体を自分のものにしたいという慾望をねじ伏せて、士郎は真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、了承を請う。
その声のない言葉に気づき、凛は一瞬だけ目を丸くすると、
「・・・うん。来て、士郎」
はにかむように言って自分から士郎の首に腕を回し、深く口づけた。
それを何よりの承諾の証と受け取って、士郎は屹立したものを凛の濡れきった場所へと押し当てた。







それから行為が終わり、心地よい疲れと余韻に士郎が深く深呼吸していると、彼の右腕を枕にして同じように放心状態だった凛が身じろぎをした。
「・・・どうした?」
「ん。ちょっと、シャワーでも浴びてきたいなって思って」
「あ―――そ、そうか」
言われてみれば凛だけでなく彼自身も汗や互いの体液で身体中がべとべとだった。それを嫌だとは全然思わないが―――やはり、少し気になる。
特に凛は女の子だから余計そう思うのだろう。士郎は気怠げに身を起こした凛をまじまじと見つめた。
未だ上気したままの膚だとか。
しっとりと濡れた黒髪だとか。
そして未だ焦点の合ってないような普段と違う瞳だとか。
そんな凛の「女の子」の部分から士郎は目が離せない。同時に先程の行為のときの彼女の表情を思い出し、真っ赤になった士郎はぶんぶんっと頭を振って雑念を追い払う。
「―――――ふぅ」
なんとか平常心を取り戻すことに成功し士郎が胸を撫で下ろすと、凛がこちらを覗き込んでいた。しかも、いつもの輝きを取り戻した瞳で。
「うっ」
まさか今考えていたことを読まれた―――!?
心持ち後退しようとする士郎を、凛は面白い玩具を見つけた子供のような表情で追いつめる。
この表情に士郎は嫌になる程覚えがあった。そう、これはアレだ。肉食獣が獲物を見つけた時の笑みだ。
そんな士郎の動揺と焦りを知ってか知らずか、にやりと笑うあかいあくま。
「――――衛宮くん、一緒に入る?」
「ばっ、ばばばバカっ!いっ、いきなり何を言い出すんだお前は!」
「冗談よ。あは、士郎ったら真っ赤になっちゃってかわいー」
くすくすと笑う凛の姿には先程の行為の時のいじらしさだとかそういったものがさっぱり見えなかった。
く、くそうっ!詐欺じゃないのかコレはっ!!
などとは思っても、結局どんな凛でも彼は愛しいと思うし、可愛いと思っているのだからどうにもならない。
「・・・士郎、今なにか失礼なこと考えてなかった?」
「か、考えてない!そんな命知らずなことするわけないだろ!」
「ふぅん?」
半眼で睨んでくる凛に、必死で士郎は首を振った。先程まで彼の方が優位に立っていたのにもうひっくり返されてしまっている。残念に思う気持ちと、ほっとしたような気持ちが入り交じって彼の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
そんな士郎の苦悩を楽しげに凛は見つめて、
「じゃ、わたしシャワー浴びてくるから」
風のようにベッドから下りて手早く衣服を身に纏って足音も軽く、あかいあくまが部屋を出て行く。
「あとでね、士郎」
ウィンクを残し、凛がドアの向こうに消えたのを見届けてから、士郎はばふっとベッドに倒れ込んだ。
「・・・参った。やっぱり勝てないなぁ」
つぶやきは、悔しさというよりも嬉しげな響きを持って部屋に落ちた。





お医者様でも草津の湯でも、惚れた病は治せないのだ。
そんなわけで、衛宮士郎の苦悩の日々はこれからも続く。









戻る







アクセス解析 SEO/SEO対策