「遠坂、みかん食べるか?」
「んー。みかんって指先汚れるから嫌なのよね」

 潜り込んだ炬燵でぬくぬくと暖を取りながら凍えて悴んだ指先を温める凛の言葉に士郎は「ん、そっか」と頷いてみせた。
 凛がこの衛宮邸に入り浸りになってもう随分経つ。いつものように自分の家に一度帰って着替えてからやって来た凛を、士郎は同じように炬燵にもぐり込んだまま真正面に迎えた。
「やっぱり11月に入ると大分寒いわね」
「ああ、そうだな」
「風邪なんか引かないようにしないと」
 と、凛が何気なく口にした言葉に士郎は先程凛に薦めたみかんの山に視線を落とした。衛宮邸ではこの季節、みかんが炬燵の上から姿を消すことはない。主に虎のせいで。
 手を伸ばし山と積まれたみかんの内、美味しそうな奴を士郎は一つ選び手に取った。
「遠坂、みかんが嫌いってわけじゃないんだよな」
「え? うん。どっちかっていうと、好きな方だけど」
「よし。じゃあ剥いてやるから食べろよ」
「――――――――――はい?」
 あっさりと提案されたその言葉に凛は一瞬耳を疑い――――そうして、表情の選択に少し迷い、結局眉間に掌をあて何処か苦渋に満ちたような表情で問い返す。「今、なんて言ったのかしら。衛宮くんは」
「いや、だから剥いてやるから。みかん」
 答える間も士郎の指先は器用にみかんの皮を剥いていく。
「さっき遠坂言っただろ。風邪引かないようにって。みかんにはビタミンCが含まれてるからいいんだぞ」
 大真面目に言う目の前の唐変木に凛は本気で眩暈を覚えた。
「あ、あんたね。だからって、そんな・・・わざわざ剥いてくれなくたって」
 一体どこの世界にわざわざ皮を剥いてもらうことまでしてもらってみかんを食べたいと思う女子高校生がいるのか。
 大体さっきの言葉だって半分くらいただの冗談で、悴んだ指の感覚がなかったから断ったのだ。ちゃんと感覚が戻ったなら自分で剥いて食べようと凛は思っていた。
「なんだ、そんなこと気にするなよ。俺がやりたいだけなんだからさ。……たまにはこうやって遠坂を甘やかしたっていいだろ?」
「―――――なっ」
 最後、小声で呟かれた不意打ちに凛は思わず真っ赤になった。あたふたと狼狽し、今の言葉を確かめるように真正面を凝視する。俯いた士郎の表情は窺えなかったが耳たぶは真っ赤だった。

『…………』

 頬が熱く、感じる全てが熱く、思考は沸騰しそう。そんな相手を意識しまくったぎこちない沈黙がどれほど続いたのか―――
「だ、だったら」
 凛の声が沈黙を破った。
「ちゃんと、最後まで責任持って食べさせなさいよね」
「……え?」
 ようやく顔を上げた士郎の掌の中にある、皮を全て綺麗に剥かれたみかんを視線で示し、凛はテーブルの上に少し乗り出すようにして彼の方向へと顔を近づけた。
「―――ん」
 そうして、小さくその艶やかな赤い唇を開いた凛の行動に士郎はようやく彼女の意図を察した。
「あ、う」
 思考が止まり一気に頭に血が上ったまま魅入られたように凛の顔から視線を外すことが出来ず、それでも身体はぎこちなく動き―――たどたどしい手つきで、優しくみかんの一房を彼女の唇へと押し込んだ。
 そうして触れた接触―――指先と唇、どちらが熱かった?









 みかん全てを彼女の唇へと運び終わるまで彼の理性が持つかどうかは、神のみぞ知る。







終われ


スイマセンスイマセンスイマセン。素敵絵をこんなんにしちゃってスイマセンー!


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