最近どうしてもやってしまうことがある。
 意識的にでもだけどそれ以上に無意識のうちに、自分自身の意志を超えたところで視線は彼女を追いかけている。我ながらあからさまに。
 窓際の前から三番目。遠坂は陽に艶やかな黒髪と白い膚を光らせている。三年に上がって一緒のクラスになったことに浮かれ、それでも必要以上に意識することを禁じていたのに―――本当、なんでさ。
 続いていた自制を粉微塵に砕いたのはほんの些細な出来事。


 授業中ぼんやりと遠坂を眺めてた俺に彼女が気付き、振り向いて少しだけ笑った。それだけ。


 それ以来俺は少しおかしくなってしまった。
 見るって行為はそれだけで彼女のことを想うってことで、それは酷く幸福な時間だった。知り合う前にも遠坂のことを目で追いかけていたことは勿論あったが、その時とは既に意味が違う。だって彼女は俺以外の視線を意識しない。遠坂に意識されなかった自分以外の視線を俺が知っていることは―――きっと、誰も知らない。

この大勢がいるなかでの俺と彼女だけの秘密めいた応酬を知るものはなく。
それが少しだけ、たまらなく愉快だった。

 視線に気付いて振り向いた遠坂が、少し困ったように決まり悪そうに恥ずかしそうに視線を逸らす前、ほんの一瞬だけ嬉しげに口許を綻ばせるのは俺だけでありたいだなんて、そんな傲慢。そして、それを疑いようもなく信じてしまっている自惚れ―――なんて幸福。
 密やかに繰り返される二人だけの視線による闘争と駆け引き。無意識に行ってしまう待ち伏せ。
 それで困ったコトなんて、退屈な授業の内容がさっぱり頭に入ってこないことくらいだ。
 多分きっと俺達はこの閉鎖された空間の中で何も隠せてなんかいない。
 なあ、そうだろ? 遠坂。







 二人きりの昼食を終え、並んで座ってぼんやりと気持ちいいくらい晴れ渡った空を見上げている昼休み。屋上。
「なんで見るのよ」と、不意に遠坂に肩に頭を預けられぼそりと呟かれた。「なんのことだ?」と惚けながら視線を彼女に移して、伏せた睫の長さにドキリとした。
「とぼけようったって」
 と、肩から重みが消え、下から覗き込まれるように問いつめられ返答に窮す。
「いや、あんまり理由といえるようなものがあるワケじゃなくてさ」
 だったら正直に理由を言ってもいいかもしれないとも思ったが、早々と種明かしをするのは少々勿体ない気もする。
 誤魔化すようにその柔い頬に指を伸ばして触れ、一度だけ軽く唇を重ねてみた。
「ふぅん?」
 視線を逸らして考え込む振りをすると意外にも素直に遠坂は身を引いてくれた。視界から遠坂が消え、酷く落ち着かない気分になる。それでももう一度見てしまえば自制が効かなくなるのもわかっていた。
 ただなんとなく。
 最初は本当にそれだけだったはずの理由。交差した視線に上がる体温だとか、それから待ち伏せた視線に気付いた彼女が見せる悔しげな表情に勝ったような気分になったりだとか、そんな駆け引きじみた宣戦布告を、俺は。


「―――士郎」


 予鈴の音だとか階下のざわめく喧噪の中、思考の海に沈み込んでその理由を探すのに没頭していた意識が瞬時に覚醒した。
 狩人の響きで呼ばれて条件反射で顔を上げ、単純に仕掛けられた視線の罠に今度は俺が捕まった。
 こちらを見つめていた遠坂の蒼く澄んだ双眸の中に自分が容赦なく囚われたことを知り、あっさりと理解して受け入れ


その、瞬間。いっさいの音が周囲から消え失せた。

















リハビリがてら書き殴った士凛。・・・ばかっぷる?
こう、ずっと誰かを見つめてて向こうが気付いて「しまった」って顔するとなんか勝ったみたいな気分になりませんか。
そんなゲーム。



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