〜Old Days Memory〜
  黄昏時の邂逅








―――それは、夕日に目を灼かれた一瞬に見えた幻か。



「・・・ちょっと買いすぎたか」
痺れかけ、鈍い痛みを訴えかけてくる両腕に気合いを入れ直す。行きつけのスーパーで買い込めるだけ買った食料を詰めた袋は殺人的な重さだった。俺自身、そこらの高校生よりか身体は鍛えてる方だと思っているが、それでもこれは少しキツい。
それもまぁ仕方ないか、と思う。
なにせ俺を含めて四人分の食材の買い出しだ。しかもその中には野生動物もかくやと言う大食らいがいるのだ。誰とは言わないが―――虎とか。
両手に提げたスーパー袋が掌に食い込む。痛みは我慢できるがやっぱり重い。だからといって卵などが入ってる袋を気軽に降ろすのも躊躇われるし。
さて、どうしたもんかと視線を上げた先、公園が目に映った。
「よし」
休憩がてら寄るのもいいかもしれない。
そうして辿り着いた公園にあるベンチに手にした荷物を慎重に置いて、腰を降ろした。ふぅ、と大きく深呼吸してようやく落ち着く。
時刻は四時過ぎ。沈みゆく太陽が名残惜しげに伸ばした紅の腕が世界を塗り替えていく。そんな時間。
やがてオレンジ色に藍色が混ざり、夜が来るだろう。
不思議にこの時間は忘れていたはずの色々なものを思い出させる。それは例えば迎えに来た誰かの声だったり、手を引かれて辿った帰り道だったり、どこからか漂う夕飯の匂いだったりだとか。・・・多分きっと、それは
             
      ―――――郷愁と、呼ばれるもの。

帰りたいと。帰らなきゃならないと思う。ひどく心細くなって、夕焼けのなか佇んでいるいつかの自分を幻視する。
「・・・ああ」
忘れていた感傷に知らずため息が零れた。身を切るような切なさと、懐かしさに。
―――だから、なんだろうか?
俺は此処から動けないでいる。涙が出そうなくらいの感情の渦に翻弄されて思っている。
けれどまだ、もう少しの時間、このままこうしていてもいいんじゃないか、って。






学校帰りの小学生だろうか。
少し離れた場所で子供達が騒いでいる声で目が覚めた。
「・・・あ、寝ちゃってたのか」
ぼんやりと周りを見渡す。どうやら少しの間意識を落としてしまっていたらしい。
容赦なく射し込んでくる夕日に目を灼かれ、首を振って視線を外す。
―――と。
「あれ」
何故か喧噪の輪から外れた場所で佇む女の子の姿が視界の端に映った。遊んでいる小学生の集団とそう年が変わらないように見えるその子は、酷く、その年には不釣り合いな雰囲気を纏っていた。だからなのか、俺は目を離すことが出来ないでいる。
真っ直ぐに、彼女は賑やかに遊ぶ集団を見つめていた。
その横顔はどこか既視感を抱かせるものだった。遠い届かないモノを見つめるような、凛としているのに何故か泣き出す寸前のような―――
「・・・」
紅の光に照らされた少女は、ただ見つめているだけ。眩しさに目を逸らすこともなく、まっすぐに。
―――どうしてか、酷く胸が痛んだ。
手を伸ばすこともせず、ただ見つめているだけというのはどんなに辛いことだろう。
なのに目を逸らさずにいる彼女の毅さに、
だから自分の心を押し殺している彼女の弱さに、俺は。

「君はみんなと遊ばないの?」

気づけば、そう声をかけていた。
声をかけられたことが意外だったのか、女の子は驚いたようにこちらを見上げてくる。その意志の強そうな瞳はやはり俺の知っている奴によく似ていた。
「―――遊んじゃいけないから」
「なんでさ?」
淀みなく返された答えに首を傾げる。
「そう決まってるんだもの」
それはまるで、既に書き上がっている台詞を読み上げるような響きだった。
そしてその響きに俺は覚えがあった。
・・・ああ。そうか、そういうことか。
不意に全てが繋がったような気がして、膝をついた。目線を彼女に合わせる。
「そんなことないさ。子供の時には遊ぶことが仕事みたいなものなんだし。大人になったら二度と戻らない時間なんだ。だから、ちょっとくらいはいいさ」
「・・・」
「君も、あそこに混ざりたいから見つめてたんだろう?」
「―――でも」
わずかに表情を歪め、途方に暮れたように少女は「その場所」へ視線を向けた。
「わたし、どうやったらいいかわからないもの」
「簡単さ」
俺は笑ってみせた。そんな簡単なことさえ知らずにいた女の子の肩に手を置き、子供達の方へとその背をそっと押した。
「一歩、踏み出してみればいい」
躊躇うように、一歩。彼女は足を踏み出した。そうして今度は自分の意志でしっかりともう一歩。
振り向いてこちらを見上げる女の子に、俺は力づけるように笑みを返す。応えるように女の子は小さく微笑み、その場所へと。
そして。
近づいてくる女の子に気づいたのか、子供達の輪から一人の少年が女の子の目の前までやってきて手を差し出し―――。
「―――――」
二人は夕日の光の中、待っている子供達の元へと並んで歩いていく。その様子を見守ってから、夕日の眩しさに目を閉じた。






「―――っ、士郎ってば!」
ぐらぐらと肩を揺すられ、意識は覚醒した。
ぼんやりとした視界いっぱいに見慣れた顔が映っている。
「・・・とおさか?」
「とおさかじゃない!こんなところで寝て、風邪引いても知らないわよ?」
「あ―――れ、俺、寝てたのか?」
はっきりとしない記憶に、思わずそんなことを口にした。あ、なんか遠坂がすごく呆れたような顔をしてる。
「いくら声をかけても揺すっても反応しない状態だったのよ、アンタ」
「あ、う。悪かった。なんか、夢をみてたみたいだ」
思い出すのは夕暮れの世界、遠くを見つめていた誰かのこと。
目が覚めた今も、遠坂の向こうにもうすっかり山の端に沈みつつある夕日が見える。どうやら今度は少し長く意識を落としていたようだ。
「・・・遠坂、迎えに来てくれたのか?」
「・・・そうよ。悪い?」
頬をうっすらと染める遠坂に自然と頬が緩むのを押さえられない。
「いや、ありがとう。―――じゃあ、もう暗くなるし帰るか」
立ち上がり、両手にスーパー袋を持つ。ずしりと重い感触が今は心地よく感じられた。
と、右手に持った袋に遠坂の手が伸びる。
「遠坂?」
「半分持つわ」言ってこちらの返事も待たずに遠坂はスーパー袋を自らの右手に持ち替えてしまった。
「って、重いだろ?」
「いいから」
慌てて取り返そうとすると遠坂は逃げるように先へと歩いていってしまう。急いで追いかけると公園の入り口で遠坂が振り返った。その視線は俺を通り抜けて、もっと先をみているようだった。
「・・・遠坂?」
呼びかけると、彼女は何処か昔を懐かしむように笑った。嬉しそうな、切ないような、そんな笑みで。
「昔、ね。とんでもないおせっかいがいたのよ。ちょっとそれを思い出しただけ」
「――――――っ」
どうして、だろう。
その言葉に心臓が跳ねた。茜色の夢が脳裏に浮かんで消えてくれない。
固まってしまった俺を見て、遠坂は不思議そうに首を傾げ―――

「ほら、行くわよ。士郎!」

―――空いた左手を差し出してきた。
多分、俺はすごい間抜けな顔をしてたんだろうと思う。それくらい、不意打ちだった。遠坂の行為も、その笑顔も。
ああ、やっぱり俺はこいつには敵わない。
高鳴る心臓が、上がった体温が、告げる。
「おう」
だから差し出された手を強く握りしめて、彼女の隣に並んで歩き出した。


―――そうだ、帰ろう。遠坂と、二人で。


黄昏時に見た夢に思いを馳せながら。
何故か心は、何処までも穏やかな安らぎに満ちていた。








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